ジャンヌダルクの異端審問の際の発言が理解できないんだが

歴史
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1: 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2018/11/27(火) 07:11:07.510 ID:y+Pb1eDt0
「神の恩寵を受けていたことを認識していたか」と尋問された時の返答である。
「もし私が恩寵を受けていないならば、神がそれを与えて下さいますように。
もし私が恩寵を受けているならば、神がいつまでも私をそのままの状態にして下さいますように。
もし神の恩寵を受けていないとわかったなら、私はこの世でもっともあわれな人間でしょうから。」

この尋問はジャンヌに仕掛けられた神学的陥穽だった。教会の教理では神の恩寵は人間が認識できるものではないとされていた。
ジャンヌが尋問に対して肯定していれば自身に異端宣告をしたことになり、否定していれば自身の罪を告白したことになるのである。

ジャンヌ・ダルク#異端審問

ジャンヌの異端審問は政治的思惑を背景としていた。ベッドフォード公は、甥のイングランド王ヘンリー6世の名代としてシャルル7世のフランス王位継承に異議を唱えた。ジャンヌはシャルル7世の戴冠に力を貸した人物であり、これはトロワ条約に則ったフランス王位継承の正当性を揺るがす行為だったと激しく糾弾していたのである。そして1431年1月9日に、イギリスの占領統治府が置かれていたルーアンで、ジャンヌの異端審問裁判が開始された。しかしながら一連の訴訟手続きは異例尽くめなものだった。

ジャンヌの裁判における大きな問題点として、審理を主導した司教コーションが当時の教会法に従えばジャンヌの裁判への司法権を有していなかったことがあげられる。コーションの審理は、この裁判を開いたイングランドの意向に完全に沿ったものだった。ジャンヌに対する証言の吟味を委任された教会公証人のニコラ・バイイも、ジャンヌを有罪とするに足る証言、証拠を見つけることができなかった。物的証拠も法廷を維持する法的根拠もないままに、ジャンヌの異端審問裁判は開始されたといえる。

さらに教会法で認められていた弁護士をつける権利さえもジャンヌには与えられなかった。公開裁判となった初回の審議でジャンヌは、出席者が自身に敵対する立場(親イングランド、ブルゴーニュ)の者ばかりであり、「親フランスの聖職者」も法廷に出席すべきだと主張した。

この法廷の裁判記録にはジャンヌの驚くべき思考力が記録されている。もっとも有名なものは「神の恩寵を受けていたことを認識していたか」と尋問された時の返答である。

もし私が恩寵を受けていないならば、神がそれを与えて下さいますように。もし私が恩寵を受けているならば、神がいつまでも私をそのままの状態にして下さいますように。もし神の恩寵を受けていないとわかったなら、私はこの世でもっともあわれな人間でしょうから。

https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャンヌ・ダルク#異端審問
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ジャンヌダルク「私すごい美少女ってことにされてる…」
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引用元: ジャンヌダルクの異端審問の際の発言が理解できないんだが

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Source: 不思議.NET

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