ポルポト「あいつ頭良さそうやな、死刑や!」ワイ「ヒェッ…」 歴史 X Facebook はてブ Pocket LINE コピー 2022.11.13 http://blog.livedoor.jp/worldfusigi/js/sp_middle_ad.js1: 風吹けば名無し 2018/09/30(日) 17:05:43.32 ID:EszfbBWk0.net ポルポト「お前は大丈夫」 ワイ「は?」クメール・ルージュクメール・ルージュとは、かつて存在したカンボジアの政治勢力、および武装組織の俗称。大量粛清 1975年4月のプノンペン陥落をもって無から始まる新しい時代として破壊の限りが尽くされたことからポル・ポト政権の時代はゼロ年と呼称された。カンボジア各地にはキリング・フィールドと呼ばれる大量殺戮のための刑場が作られた。ポル・ポトや強制収容所の所長だったカン・ケク・イウらオンカーの幹部の多くは高学歴でインテリ出身であったが、高度な知識や教養はポル・ポトの愚民政策の邪魔になることから眼鏡をかけている者(ポル・ポトの右腕ソン・センは眼鏡をかけていたにも関わらず)、文字を読もうとした者、時計が読める者など、少しでも学識がありそうな者は片っ端から粛清の名目で殺害しており、この政策は歴史的にも反知性主義の最も極端な例とされる。病人・高齢者・妊婦などの弱者に対しても、オンカーは全く配慮しなかった。音楽などの娯楽も否定され、国民的歌手のシン・シサモット、ロ・セレイソティア、ヨー・オウラーラングら音楽家、革命が成功したことを知って国の発展のためにと海外から帰国した留学生、資本家、旧政権関係者も殺害され、伝統文化の継承者も大量虐殺して文化浄化を行った。 Wikipediaクメール・ルージュ2: 風吹けば名無し 2018/09/30(日) 17:06:08.42 ID:jTuByNqv0.net わかる続きを読む Source: 不思議.NET
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