「正規空母」論再考【軍事講座】

歴史

「正規空母」論再考
-D’où venons-nous? Que sommes-nous? Où allons-nous?-

文・加賀谷康介(航空軍事美少女ゲーム声優研究家)

02 提督の決断Ⅱ画面例
画像出典:『提督の決断』光栄

1.日本海軍における「空母」とは?

正規空母「天城」「葛城」「隼鷹」。軽空母「龍鳳」「鳳翔」…
シミュレーションゲーム等でお馴染みの「正規空母」や「軽空母」という呼び方ですが、あまりに見慣れてしまっているが故に、このような艦種が日本海軍において公式には存在しなかった。という事実をつい忘れてしまいそうになります。

 そもそも日本海軍において「空母」とは、艦艇類別等級(制定:大正15年11月29日内令第238号)内の「軍艦」の一つである「航空母艦」。もしくは「軍艦(を含む艦艇)」には含まれない「特設艦船」の一つである「特設航空母艦」のいずれかを指し、終戦に至るまで公的な艦種と呼べるものはこの2種類しか存在しませんでした。

 このうち、民間会社保有の商船(客船もしくは貨客船)を改造した「特設航空母艦」は、太平洋戦争開戦後の昭和17年8月31日までにすべての艦が「軍艦」の「航空母艦」として扱われるようになり、関係規則にも所要の改正が行われています。

03 Ref-C12070171700(隼鷹の例)

04 Ref-C12070172300(大鷹雲鷹の例)

 従って昭和17年8月31日以降、日本海軍において「空母」とは「軍艦」の「航空母艦」を指すものとなります。参考として掲げるのは昭和19年3月31日現在の艦艇類別等級、及びそれに対応する海軍定員令の抜粋ですが、ご覧のように艦の大小、性能や用途に関わらず、一律に「航空母艦」として扱われていることがわかります。

05 昭和19年3月31日現在内令提要及び別冊

2.「正規空母」の「正規」とは?

 では、日本海軍のお役所的な定義による「空母」論からいったん離れ、一般的な感覚から「空母」とくに「正規空母」とは何かを考えてみましょう。
 一例として『航空母艦』(学研パブリッシング2012年刊。“歴群[図解]マスター”レーベル)ではこのような解釈がされています。

「初期の空母は既存の艦船の改造により生み出され、各国はこれら改造空母による試験・運用により多くの経験を得た。それらの実績を基に、次のステップとして最初から空母として設計された艦の建造が行われた。そして、先に世に出ていた「改造空母」に対し、これら後発の「最初から空母として設計図が引かれた艦」は「正規空母」と称されるようになった。(P42)」

では、この解釈に従い、WWⅠ~WWⅡの各国海軍の空母を「改造空母」と「正規空母」に分類してみます。
(対象は概ねWWⅡの日本降伏までに起工された艦。ただし同型艦が大量に建造/改造された米国製の護衛空母については作図の都合上省略している)

06「改造空母」
07「正規空母」

 それぞれの表に各国様々な事情が反映されていますが、ざっと見る限りでも、上記引用文の解釈と我々の“正規空母”の感覚とで大きなズレが生じてしまうのがわかります。

 例えば「赤城」や「加賀」は、“正規空母”として十分な能力を有しているにも関わらず、船体が他艦種からの転用という理由で「正規空母」には含まれません。一方で「鳳翔」は、“正規空母”としての能力が十分とは言い難いにも関わらず、船体が転用ではないという理由で「正規空母」に含まれてしまう点などです。

 また、9隻の同型艦が存在するインディペンデンス級(米)の場合、5隻は起工後の軽巡洋艦を改造、4隻は事前に空母転用を決定のうえ起工と、各艦で空母化のタイミングが異なっていますが、これを図表のように「改造空母」と「正規空母」で分けて分類するのは明らかにナンセンスでしょう。

 つまり上記引用文の「改造空母」の反対概念としての「正規空母」という解釈は、各艦の個別具体的な建造経緯を考慮すると整合を図りにくく、また各国海軍の空母に対する施策を反映していないという意味でも問題の多い解釈と言えるでしょう。

3.「アジア歴史資料センター」のアーカイブ調査

 ここで話を日本海軍の場合に戻します。日本海軍は「正規空母」という語を一体どのような定義で、どのようなタイプの艦に対して用いていたのでしょうか。

 日本海軍を含む政府機関の歴史文書を広く閲覧できる「アジア歴史資料センター」で、“キーワード検索”から「正規空母」を初めとする各種ワードで検索した結果が次の表になります(検索条件はデフォルト設定)。

08「空母」アジ歴検索結果

※検索結果を見る上での注意

・「航空母艦」の1,191件は、「空母」の1,587件の結果の一部である

・「情勢分析」等、複数の資料に(検索ワードを含む)同一文が認められる場合、検索結果は該当1件ごとにカウントされるため、「検索結果件数=検索ワードを含む文章の総数」とはならない(例:検索結果3件ですべて同じ文章を引用している場合など)

・原資料から文字起こしされたテキストをアジ歴内の検索サーチエンジンに掛けていると思われるので、原資料が不鮮明(特に手書き)な場合、文字起こしの誤りによって原文とズレてしまい、検索に該当しないことがある(例:幹空母>正しくは正空母)

【検索結果の傾向と特徴】

・全体で一番多いのは「航空母艦」
 日本海軍にとって艦種を表す公式の用語であり、官報や内令、例規の類でこの用語が使われているため、必然的に検索結果も多数にのぼりました(検索結果全体の約75パーセント)。また、より細かい「〇〇航空母艦」のパターンはそれぞれ後述します。

・「〇〇空母」のパターンで一番多いのは「特設航空母艦」/「特設空母」/「特空母」
 これは意外な結果です。該当する文章に目を通すと、現在我々が一般に「護衛空母」と呼んでいる存在を指していることが多く、護衛空母→商船の船体がベース→商船改造空母→本邦の「特設航空母艦(特設空母)」に相当するもの→略して「特空母」という理解に基づいているものと想像します。

・意外に少ない「正規航空母艦」/「正規空母or制式空母」/「正空母」
 上記の4パターンを合計しても15件しかなく、先の「特(設)空母」のパターン合計43件の約35パーセントという少ない結果になりました。詳しい内容については後でもう一度触れたいと思います。

・該当ゼロの「改造航空母艦」/「改造空母」
 前掲『航空母艦』(学研2012年)の解釈によれば「正規空母」と並ぶ二大分類のはずの「改造空母」ですが、アジ歴での検索では該当がありませんでした。先ほど「赤城」と「加賀」を例に前掲書の解釈に疑問を呈したところですが、日本海軍に空母を「改造艦か否か」で区分する考えがあったのか改めて疑問に思う結果です。
 ただし、他の検索結果でインディペンデンス級(米)を指すと思われる「巡改空母」は明らかに「巡洋艦改造空母」の省略形であり、それを「改造空母」扱いにすることによって辛うじて3件だけ該当することになります。

・該当ゼロに近い「軽空母」/「護衛空母」
 シミュレーションゲーム等でお馴染みの用語ですが、アジ歴ではほとんど該当がありません。「軽空母」(0件)は「巡改空母」、「護衛空母」(1件)は「特(設)空母」でそれぞれ代用されている様子で、戦前戦中の日本海軍に「軽空母」「護衛空母」という用語は定着していなかったのではないかという印象を受けます。

・該当ゼロに近い「装甲空母」/「重空母」
 「装甲空母」はゲームや小説などの創作物で頻繁に使われる用語ですが、少なくともアジ歴では該当がありませんでした。「将来空母は皆此様重防御のものとする考なり」(昭和13年の軍令部部員説明要旨。“此”とはマル4計画空母=後の「大鳳」のこと)という発言から窺えるように、「飛行甲板に装甲を施した航空母艦」を標準化しようとした日本海軍にとって、その過渡期に航空母艦をわざわざ装甲/非装甲で区分する必要を認めなかったのではないでしょうか。
 なお1件だけ該当した「重空母」はインド洋の英東洋艦隊、恐らくイラストリアス級(英)を指したものですが、これは同タイプが飛行甲板に装甲を施している事実から特にそのような表現をしたものか、単なる大型空母の別表現の一つとして「重空母」という表現をしたものか、その理由はわかりませんでした。

・使用例がまるで異なる「補助空母」と「補助航空母艦」
 「補助空母」(4件)は全て陸軍史料に該当があったもので、インド洋方面の機動部隊に「正規空母」と並んで記載されていることから、英海軍の護衛空母を陸軍の一部では「補助空母」と呼んでいたようです。しかも文章がすべて同一、もしくは極めて酷似していることから出典は同一と考えられ、それを4件の資料に転記したものと考えられます。従って実質的な該当件数は1件と考えて差し支えありません。
 一方の「補助航空母艦」(12件)ですが、これは全件がロンドン軍縮条約とその影響下で誕生した航空母艦、すなわち「龍驤」の建造に関する文書で用いられていました。それも昭和2年から昭和5年の条約締結、その後昭和8年の「龍驤」竣工に至る期間しか使用されていないことから、日本海軍にとって「補助航空母艦」とはワシントン軍縮条約の制限対象外で建造する一万t未満の空母を特に意味する用語であったようです(あくまでワシントン~ロンドン軍縮条約間に使われていた用語で、ロンドン軍縮条約後の空母予備艦とは異なることに注意)。

・「大型/中型/小型航空母艦」と「大型/中型/小型空母」
 これらの検索結果は戦闘詳報等で発見もしくは撃破した敵艦の艦種を表すのに使用されています。ごく一部内令やその他の研究資料にも使用された例があり、特に「小型航空母艦」は内部の研究資料にしか使用された例がない珍しい検索結果となりました。

4.「正規空母」の使用例とその年代

さて、検索結果について長々と解説しましたが、本題の「正規空母」について詳しく触れたいと思います。
「正規空母」の検索結果は10件、それを実際に表示したものが次の画像2枚になります。

09「正規空母」検索結果その1
10「正規空母」検索結果その2

 見てのとおり、検索結果10件はすべて敵兵力としての空母に向けて用いられたもので、日本海軍の航空母艦に向けて用いられた例は1件もありません。

 戦闘詳報等では味方の航空母艦を独特の略記号(航空母艦の場合、〇にVを重ねることが多い)で表すことが多いので、必然的に「〇〇空母」で検索した結果の大半が敵空母を対象とする記述で占められることになりますが、その点を踏まえてもアジ歴に「正規空母という用語を日本空母に対して用いた検索結果がない」という事実は重いものがあります。

 また、10件の文書がいずれも昭和18年以降に作成された文書であることも見逃せません(これは類似の用語「正規航空母艦」で検索しても同じ)。つまり、昭和18年以前の旧日本海軍には「正規空母」という用語(概念)がなかった可能性を示しています。

以上、アジア歴史資料センターのアーカイブ調査を通して得られた成果を整理すると

1.昭和18年以前に「正規空母」の検索結果はない
2.昭和18年以降は「正規空母」で検索結果はあるが、日本海軍の航空母艦に対して用いられた例がない

に集約されます。

5.「〇〇空母」はどこから来たのか?

それでは、この昭和18年という年は何があった年なのでしょうか。
11 艦種概念変遷図

 これはWW2中(概ね1939-1945年の間)の日米英海軍における空母の艦種概念を変遷図にしたものです。

要約すると日米英それぞれ次のようになります。

日本・・・1942(昭和17)年8月31日以降すべて「(軍艦籍の)航空母艦」に一本化
米国・・・1943(昭和18)年7月15日以降、それまでの「CV」を「CV」「CVB」「CVL」に細分化、異なる経緯から誕生した「CVE」と併せて4種類となる
英国・・・基本的に一貫して「Aircraft carrier」だが、1942(昭和17)年の整備計画名称にちなんだ「Light Fleet Carrier」と、同時期に米国から多数の供与が始まった「Escort carrier」を交えて実質3種類となる

 つまり問題の昭和18年とは、米海軍において空母の艦種細分化が行われた年だったのです。

 これは一つの仮説ですが、私は次のように考えます。

 米海軍が空母の艦種を細分化した結果、従来CVの訳語として本邦の「航空母艦(空母)」を充てるだけで良かった日本海軍に、4つの艦種記号にそれぞれ訳語を割り当てる必要が発生。とりあえずCVEについては本邦で商船改造という特徴が共通する「特設空母(もしくは特空母)」の語を充てることが広まったものの、CVLは「巡改空母」を一部で使用するにとどまり、本家本元のCVには各々様々な訳語を宛がう中の一つとして「正規空母」が用いられるようになったのではないか(ミッドウェー級のCVB=「大型空母」に日本海軍がどの訳語を充てようとしたのかは不明)。

 そして現在、日本海軍の航空母艦まで「正規空母」「軽空母」と呼ばれてしまうのは、戦後に1943年以降の米海軍式空母分類が浸透し、多様すぎて捉えにくい本邦の「航空母艦」という艦種の概念を細かく補うものとして、性能や用途が近い日本空母にまで遡及適用されてしまった結果なのではないでしょうか。そしてそれは、市販書籍やゲーム、ネット上で繰り返し用いられているうちに、我々の意識に刷り込まれた“常識”として今も拡大再生産されているのではないでしょうか。

12 Wikipedia「正規空母」
(Wikipediaの記事「正規空母」2020年7月19日版。本文の説明と異なり、日本海軍においても「正規空母」という語を自ら定めたり、用いていた形跡は認められない)

6.「〇〇」空母で分類することの危うさ

 では、性能や用途が近いことを基準として、米海軍式の空母分類で日本海軍の航空母艦を分類した場合、どのようなことになるのでしょうか?

「同じ改装空母ということから、日米海軍の改装空母は当然のように米英の改装空母と比較される。なかでも、大鷹級のような商船改装空母は米英の護衛空母と比較されることが多いのだが、建造の目的はまったく異なっており、単純な比較論には疑問が残る。これは瑞鳳級をはじめとする日本の改装空母と、アメリカのインディペンデンス級との比較についてもある程度共通することで、艦としての能力、機能的な側面からの考察に重点を置きすぎると、兵器としての戦略的な位置づけがぼやけてしまう可能性があるのだ。」
(バイロンズ・オフィス+コーエー編集部『空母名鑑1914~1998』P122)

 個人的に優れた評論と思う一節です。外見や能力の特徴に頼った形態学的分類は特に大きな間違いを生じることがあり、それは空母においても例外ではありません。実際、日本海軍の航空母艦には、建造経緯に関わらずその運用が「艦の性能で運用可能な艦上機の能力によって左右されてしまう」部分が大きく、ある時点の艦の性能だけで分類することが必ずしもその艦の本質を捉えたことにならない、という傾向が如実に見られます。

 昨今、日本海軍の航空母艦に関する議論、言説が白熱するあまり、軋轢とも感じられる混乱を生じることがありますが、その原因の一端に日本海軍の「航空母艦」という概念の多様さ、捉えにくさがあることは否めません。しかし、主観に基づく概念で後から分類を図っても、矛盾なく整合を図ることが難しいことは既に見てきたとおりですし、戦争という極限の矛盾状況下で進んだ出来事が矛盾なく解釈できる筈もありません。空母の分類を巡る議論は、この点を十分に踏まえたうえで行う必要があると考えます。

 あくまでコンテンツを楽しむ目的であれば、コンテンツ内でカテゴリされた「正規空母」や「軽空母」という形容を用いることは当然のことですし、それ自体に何の問題もないと思います。ですがそうではなく、実在した艦船としての航空母艦について言及する場合は、あなたが用いようとするその「正規空母」や「軽空母」という形容が本当に必要なのか、それなくしては伝えられない意図なのかをもう一度考えてみても良いのではないでしょうか?

【参考文献】
〇オンラインアーカイブ
アジア歴史資料センター
〇公刊戦史
朝雲新聞社『戦史叢書 海軍軍戦備』〈1〉〈2〉
〇一般書籍
学研パブリッシング『歴群[図解]マスター 航空母艦』
学研プラス『歴史群像シリーズ 日本の航空母艦パーフェクトガイド』
学研プラス『歴史群像シリーズ アメリカの空母』
大日本絵画社『日本海軍の航空母艦』
デルタ出版『第2次大戦のアメリカ空母』
モデルアート社『アメリカの航空母艦資料写真集1920s-1945』
イカロス出版『第二次大戦 世界の空母 完全ガイド』
バイロンズ・オフィス+コーエー編集部『空母名鑑1914~1998』
その他『世界の艦船』該当巻など
〇同人誌
烈風改『日本の特設航空母艦』など複数冊

<著者紹介>
加賀谷康介(サークル:烈風天駆)
第2次大戦期の海戦史、航空戦史に関する研究を行う。
代表作に『「捷号作戦」艦隊編成-ブルネイ出撃までの123日-』

URL:https://c10028892.circle.ms/oc/CircleProfile.aspx


Source: 系まとめブログ

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