日本文化は「形式」に拘るのが本質

スレ主韓国人

剣道、弓道、茶道など…
刀を使ったり、弓を撃ったり、お茶を飲む行為について、普通は当然その本質に集中します。
私たちは「どれほど刀を上手く使う」か、あるいは「弓をどれほど的によく合わせる」か、またはどれほど「茶を美味しく飲む」か、それが重要です。
しかし、日本を見ると、本質よりも形式に変態的に拘ります。
剣や弓やお茶をする為の膨大な見栄…
矢を放つための事前準備動作とか、刀を使う前に持つべき心とか、お茶を飲むための姿勢とか…まぁ、そういうものです。

こんなのが日本文化全般に根強いです。

分かりやすいのだと料理でもそうです。
日本はその味を楽しむより、皿の模様、食べ物の形・色、莫大な虚勢を張ります。
韓国人が好むのはビビンバとか、鍋、ラーメンのような物ですね。
私たちはそれが何でも本質に執着するために食べ物を盛った器とか、食べ方にあまりこだわらず、その本来の目的である味に集中します。

本質に集中するのは韓国人の特性です。

日本は味よりも形式、つまり食べ方とか食べ物を入れる容器などに執着をするのです。
形式に集中する日本人の特性です。
事実このような日本文化の特性は既得権の防御、知識の独占など…自分の縄張りを守るためにしてるのです。
他の日本文化の特質でもそうなのです。何でも複雑にしておけば、学び難く、ライバル参入を防げるからです。

問題は本当に大したことない些細なことでも見栄が炸裂するので、外国人が見て笑うことですwwwww

一方、彼らが過去にどれほど文化的な窮乏であればあんなに見栄っ張りになるのか可哀想だと思ったりもします…www

Source: かんこく!韓国の反応翻訳ブログ