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日本軍の蛮行:済南虐殺

1928年に、日本は済南へ出兵し、北伐軍に干渉し、17名の中国外交人員を残害した。
外交員・蔡公時が暴行に反抗したが、耳鼻が削がれ、目と舌も裂かれ亡くなった。
北伐軍は済南から撤退し、日軍は全城を無理矢理に占拠し、殺した兵士と平民は何万人にもなったが、逆に中国が日本人を虐殺したと言っている。

済南事件 -wikipedia-
済南事件(さいなんじけん)は1928年(昭和3)5月3日、中国山東省の済南における、国民革命軍の一部による日本人襲撃事件、および日本の権益と日本人居留民を保護するために派遣された日本軍(第二次山東出兵)と、北伐中であった蒋介石率いる国民革命軍(南軍)との間に起きた武力衝突事件。藤田栄介青島総領事は、南軍による組織的に計画された衝突と述べている。

Source: ( `ハ´)中国の反応ブログ