1: 2018/07/25(水) 22:42:10.57 ID:CAP_USER

no title

▲小学生が「ムクゲの花が咲きました」遊びをしている。写真=燕岐郷土博物館提供

鬼は木に手をついて頭を当て「ムクゲの花が咲きました」と叫ぶ。それで後に列を作っていた子供たちはその言葉が終わる前に鬼がいる側から素早く動いて手で木をつけば生き返り、鬼が後を見る時に動けば鬼と手を握っている遊びが「ムクゲの花が咲きました。」だ。

我が国を象徴するムクゲの花が咲いたというのだから、当然、我が国の遊びではないだろうか。しかし、この遊びは日本の子供の遊びだ。すなわち、「だるまさんがころんだ」という遊びだ。これを韓国語にすれば「起き上り小法師(達磨)が倒れました」という遊びだ。この日本の遊びが我が国を象徴する「ムクゲの花が咲きました」に変わったのには理由がある。

「ムクゲ」といえば浮かび上がる人物がすなわちナムグン・オク(南宮檍1863~1939)先生だ。一生をムクゲ普及に努力し、初めてムクゲ植樹運動を広げて倭警に発覚し、ムクゲは燃やされ、ナムグン・オク先生は監獄に閉じ込められた。監獄の苦しみを体験して出てきて、今度は刺繍でムクゲを描いて子供たちに数を数えるように家のカーテンや枕にムクゲを咲かせた。しかし、これも長くは続かず発覚して、また、監獄に行かざるを得なかった。

1935年72才の時、服役中、病気で釈放されたが何も出来なかったある日、路地で椅子に座って子供たちを眺めていると、子供たちは韓国語と文字はもちろん、私たちの遊びを遊ぶことができず、日本の遊びの「だるまさんがころんだ」遊びをしていた。ナムグン・オクは遊んでいる子供たちに来いといってお願いした。

「君たちが日本の遊びを遊ばなければならないが、私が教える言葉に変えて遊んでみろ。」と遊びの言葉を「ムクゲの花が咲きました」で遊ぶようにさせた。ナムグン・オク先生は子供たちの胸中にムクゲを咲かせたかったのだ。毎日、路地に現れる子供たちに菓子を買って遊ばせ、日本の遊び「だるまさんがころんだ」を「ムクゲの花が咲きました。」に変えることに成功したので今でもそのように遊んでいる。

日本は達磨遊びが多い。起き上り小法師の主人公が達磨だ。起き上り小法師とは何か。倒れてもたちまち起きる中国少林寺(ソリムサ)を創始した人すなわち達磨だ。達磨の顔付きがでっぷり太っていていくら倒れてもたちまち起きるようになっている。

日本を見ると火山に、津波に、地震に、台風にあらゆる自然災害とともに生きる国ではないか。だから達磨のように倒れてもむくっと起きあがることを渇望するのは当然だろう。

最近、日本で話題になっている映画に『神さまの言うとおり』がある。字幕では「ムクゲの花が咲きました」と翻訳したが、これは達磨が学校に現れてこの遊びを子供たちに強制し、動くと頭がさく烈して死ぬぞっとする遊びに描写し、それで日本では恐ろしい遊びになった。

「ムクゲの花が咲きました」という遊びはその時代、国を奪われ言葉と文を奪われ、遊びも奪われた時、ムクゲ愛で子供たち胸中にムクゲを咲かせようとすさまじく努力したナムグン・オク先生の心を感じることができる遊びだ。

イム・ヨンス、燕岐郷土博物館長

ソース:大田日報(韓国語) 「ムクゲの花が咲きました」という日本遊びだ。
http://www.daejonilbo.com/news/newsitem.asp?pk_no=1327409&r_key=8758758066

3: 2018/07/25(水) 22:44:45.79 ID:InhwBvJ7

日本に核ミサイル落とす映画が起源ニダね。
4: 2018/07/25(水) 22:44:47.30 ID:sdN+nJRb

字も書けない連中に字を教えたのは日本人だよwww
5: 2018/07/25(水) 22:45:44.47 ID:PHhiZ9MK

日本!?
何処の日本

続きを読む
Source: おもしろ韓国ニュース速報