我が国は24年前、1994年、広島アジア大会で日本に金メダル一つ差で2位を渡した以外は1986年ソウル、1990年北京、1998年バンコク、2002年釜山、2006年ドーハ、2010年広州、2014仁川の全てで中国に続き28年間2位を占めた。
日本は50-60年代の敗戦の痛みを癒して国家の復興を宣伝するため、エリート体育に大々的に投資をし、1951年インドのニューデリー、アジア大会から1978年タイ、バンコク、アジア大会まで28年間アジア大会で1位だった。
1964年、東京オリンピック以後、生活体育中心の政策を進めてきた日本は生活体育を通した選手育成を志向しながら体育のすそ野を広げたが、それ以前まで維持したエリート体育に対する支援と関心が急速に弱まり、オリンピックなど国際大会での成績がずっと落ちた。
初めはずっと上位圏(64年~84年20年間3位~7位)を維持し、生活体育がよく定着した。しかし1982年からアジア大会で1位を中国に奪われ、1988年、ソウル五輪からは我が国に押されながら10位圏外に押し出されることになった。
生活体育を通じてエリート選手を養成する計画は見事に外れ、日本は30年間オリンピック、アジア大会などの国際大会で大韓民国に押されて低調な成績をおさめた。
国際大会の成績が韓国にずっと遅れをとるとすぐに自尊心に大きな傷を受けた日本は自らのエリートスポーツ選手育成システムについて疑い始め、長考のあげく得た結論が韓国の選手育成システムを習おうだった。
2000年代中盤から韓国をベンチマーキングした日本は2008年、泰陵(テルン)選手村をまねた味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)を建設して最高の選手育成システムを定着させ、2015年にはスポーツ庁(長官級)を新設して大々的に予算を投じてエリートスポーツを通した日本の世界化を進行している。これを通じて日本はオリンピックとアジア大会でいよいよ韓国を圧倒しエリートスポーツ強国として復活した。
大韓民国のスポーツは総体的な危機に陥っている。学齢人口低下で非人気種目はやっと命脈を維持し、大学は定員縮小にともなう予算不足、地方自治体と企業が保有している実業チームは運動部の効用切り下げなどを理由にチーム解体を進めている。
国家を代表して他国と競争する他はないエリート体育の価値は相変らず有効だ。スポーツを通じて得られる国民的士気や自負心などの精神的な価値は何より崇高で私たちの先祖がそうだったように私たちが守らなければならない私たち民族の偉大な自尊心だ。
世界的な選手は一日で作れない。スポーツはそういうものだ。国家代表選手たちの兵役問題が連日「話題」だ。しかし、再び日本と戦うために出場しなければならない選手たちの士気を落としてしまって大韓民国の自尊心が踏みにじられる様なことが起きてはならない。
独島(ドクト、日本名:竹島)を自らの土地だと言い張って、私たちの先祖をじゅうりんし韓民族を抹殺しようとしたあの人たちがスポーツを前面に出して日章旗を持って出ている。スポーツを通した国威宣揚を防ぐ者!日本に負けても憤慨しない者!日帝時代の親日派と異ならない。
チョン・ムンヒョン忠南大学教授
http://m.joongdo.co.kr/view.php?key=20180913010005725#cb
ソース:中道日報(韓国語) [スポーツ老眼鏡]日本に負けました。満足しますか?
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Source: おもしろ韓国ニュース速報